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放送概要
「PLEASURE」
大内はるな1大内はるな(アドベンチャーレース)
対談ゲスト:田中ケン(アウトドア活動家)
初回放送 8月24日(金)午後9:30〜
*放送スケジュールは予告なく変更する場合があります。あしからずご了承ください。

再放送予定
8月25日(土) 午前9:30
8月26日(日) 午後0:00、午後9:30
8月27日(月) 午後0:30、午後9:00
8月28日(火) 午前1:00、午前8:30
8月29日(水) 午後9:30
8月30日(木) 午後1:00
プロフィール
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大内はるな■ 大内はるな(おおうち・はるな) ■
1973年生まれ。旧姓・細谷。17歳のときからトライアスロンを始め、順天堂大学入学後、学生選手権四連覇を達成する。96年、ニデックへ入社。同年から5年連続でアジア選手権代表となり、96年、98年、2000年に優勝。ワールドカップなどにも参戦し、トップ10に入る活躍を見せる。96年、99年にはJTU最優秀選手に選出された。2000年のシドニーオリンピックには日本代表として出場。2001年にニデックを退社し、現在は長野県の松本をベースに、トライアスロンとともにアドベンチャーレースなどさまざまな競技にチャレンジしている。
田中ケン■ 田中ケン(たなか・けん) ■
1964年生まれ。高校時代にサッカーでインターハイに出場。高校卒業後、モデル事務所アダムスに所属し、ファッションモデルとして活動。モデル仲間の木村東吉氏や実兄の影響で、アウトドアキャンピングにはまる。92年、木村氏の勧めでアドベンチャーレースのレイドゴロワーズに出場し、完走。93年には冒険型トライアスロンの大会、ボーダートゥボーダーに出場し、完走。現在はアドベンチャーレースのレースディレクターやアウトドア関連の企画などを手がけるとともに、快適生活研究家として雑誌・テレビ番組などで活躍中。
番組ダイジェスト
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トライアスロンの日本代表としてシドニーオリンピックに出場した大内はるな。彼女は今、アドベンチャーレースなど、新しい競技への挑戦を始めている。彼女は言う。
「ちょっと環境を変えると、引退とかってみんなに言われるんだけど、自分の中ではそういう感覚が全くないんです。
今までは会社の中でワールドカップや世界選手権を目指してやってきたんですけども、自分の中に興味がたくさんありすぎた。オリンピックで一区切りついたので、じゃあ今までにできなかったことにもチャレンジしよう、と。もうちょっと足を伸ばしてっていうか、手を伸ばしてっていうか、(新しいことも)やってみようかなと思っただけなんですね」

アドベンチャーレースは、オリエンテーリング、マウンテンバイク、カヤックなど、さまざまな種目を次々にこなしながら、長い道のりを走破するスポーツだ。大内は、アドベンチャーレースの魅力をこんなふうに語る。
「一言で言ったらアドベンチャーレースだけど、その中にいろんな要素があるじゃないですか。遊びですよね、究極の、と言ったら言い過ぎかもしれないですけど……。アドベンチャーレースに出ている他の人に聞いても、いろんなことを皆さんやっていらっしゃいます。山をやる人もいれば、トライアスロンから来ている人もいる。もともとカヌーをやってた人もいれば、オリエンテーリングの人もいる。本当にいろんなところから来ていて、いろんな要素の人が集まっている。それを組み合わせたのがアドベンチャーなんじゃないですか」

今回の対談ゲストは、アウトドアマンとして、多彩な活動を行っている田中ケンさんだ。92年には、アドベンチャーレースの世界最高峰、レイドゴロワーズにも出場したことがある。
田中「日本のアウトドアをやる人って、カヤックの人は海だけ、山に登る人は山だけ、クライマーはクライミングだけみたいに結構分かれているんですね。それが、アドベンチャーレースということになると、全部のことをやらないといけないじゃない? そこが面白さだと思うんですよね」
大内「そうですねえ。基本的に私なんかは欲張りだから、何でもやってみたいというのがあるんですよ。で、やっぱり体を動かすのが基本的に好きなんです。もともと水泳をやっていたり、父親がワンゲル(ワンダーフォーゲル)だったので、小さい頃からハイキングがてら山に歩きに行ったりはしていました。もう生活の中にそういうのがあったので、自然とそういう(アドベンチャーレースのような)ものをやりたいというのがあって」

大内がそもそもトライアスロンを始めたきっかけは何だったのか。
大内「もともと、母親がやっていたんですよ」
田中「お母さんが。随分昔からですね、そしたらね」
大内「そうですね。トライアスロンが日本に入った当時から。ちょうどロングの大会で宮古島大会というのがあるんですけど、それを見て、私もやりたいわ、と」
田中「もともと、お母さん、何かスポーツをやってた方なんですか」
大内「体育大出身で、もともとはダンスやってたりしていたんですけど、それ以外にも水泳とか、ランニングとか」
田中「(大内は)確か水泳からですよね」
大内「そうです。私はもう小さい頃からスイミングスクールにずっと通ってまして。で、高校生くらいまでずっと競泳をやってました」
田中「高校を出てから走ったり、自転車に乗ったり?」
大内「水泳と並行してですね」
田中「あ、もうトレーニングのひとつとして」

大内にとっては、「楽しい」という感覚が、スポーツをやるうえで大切なようだ。トライアスロンの世界にのめり込んでいったのも、「楽しい」ことが大きな理由だったと語る。
「今まで学生で日本のレベルで走っていたのが、ワールドの選手と走るようになって、ま、レースの形態とかも変わったりして。で、今まで自分がテレビで見ていて、すごいなと思っていた選手と一緒に走る実感とか体感を知ったときに、『あ、楽しい』とすごく感じたんです。で、もっとこの中で楽しいことをやりたいなと感じてハマっていったんですね。頭の中で、オリンピックというより、とにかく楽しいという感覚があったので、頑張ろうというか、のめり込んでいったんです」

大内がアドベンチャーレースを始めたのには、夫の大内直樹さんの存在も大きい。同じトライアスリートであり、アドベンチャーレースでは大内たちのチームのキャプテンも務めている。直樹さんは言う。
「一緒にアドベンチャーレースに出たのは去年のレースからなんですけど、まあ、僕が話を持っていって、『こういうレースがあるんだけど、出る?』と言ったら、『あ、楽しそうだから出てみようか』、と。
基本的にトライアスロンするときは、顔も真剣になってる。またそれを職業としてやってきたわけだから、ある程度話は違うかなと思うんですけど、アドベンチャーレースをやってるときは険しい表情をしながらも、ああ、もうすごく楽しい、これをやっていて幸せだと、そういう顔をするんですよ。自分も同じように楽しいことは、ああ、楽しいと思えるから、そういうふうに表情とかに出して、体で表現できるところがいいなあ、と」

田中さんは、大内にレイドゴロワーズへの出場を勧める。
田中「旦那さんと一緒に、というか、家族でレイドゴロワーズに出てほしいですね」
大内「レイドゴロワーズって5人で1チームなんですね?」
田中「5人で1チーム。そのとき、僕、サポートで行きますから」
大内「本当ですか? じゃあ、ぜひ」
田中「一回、それ、見てみたいですね。話題になると思いますよ」
大内「主人がうんと言えば、行けると思いますよ。ただ、兄とうちの主人と男ふたりとなると、どっちも性格がきついんで、難しいかな、と」
田中「そこを女性らしく、『一緒に出たいのよ〜』と言えば、やってくれますよ(笑)」
大内「私がそういうところを見せたら、びっくりしますよ(笑)。私、年上なんですよ、主人よりも。いつも偉そうなんで(笑)」
田中「ふーん(笑)」
大内「あ、でもうちは全員が出ても四人しかいないんで、あとひとり選手が足りないですよ」
田中「それ、僕は無理ですから。レベルが違いますから(笑)」
大内「母親がやるとか言い出しそうですけどねえ」
田中「あ、お母さんがやる、それが一番いいですね。僕はサポートで料理を作って待ってますから。3日にいっぺんくらい会えますんで」
大内「3日にいっぺん(笑)」
田中「そのときにおいしいものをテーブルに出して待ってますから(笑)」

大内は、いろんなことにチャレンジしていく理由をこんなふうに語る。その言葉には、彼女の生き方がかいま見える。
「『幸せは自分の心が決める』という言葉があって、100人のうち99人がこっちが正しいと言っても、本人自体がこっちの方が正しくて自分にとっては充実できる人生を送れるんだと感じられるんだったら、それはそれで私はいいと思うんですよ。自分が死ぬときに、ああよかったね、楽しかったね、と思える人生で終わりたい。そのためには、より正解だと思える方に進んで、満足できるような生活をしたいと思っています。その中で、できることをチョイスしてやっていければいいなというふうに思ってますね」
ディレクターズ・アイ
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「本当に熊が出るらしいよ、気をつけてね」
今回のサロモン・クロスアドベンチャーレースを取材するにあたって、レーススタッフから発せられた言葉である。
「どうやって気をつければいいの……」といきなり心細くなってしまった私。しかし、「熊ごときにびびっているようでは、アドベンチャーは撮れない!!」と気を取り直した私は、万が一熊に出会ったときはカメラのRECボタンを押して、私の最後の勇姿を両親にでも見せてもらえばいいかなと頭をプラス志向に転換した。
まあ普通そこまで考えるのもおかしな話だが、2時間も3時間も人間が誰も通らない山奥でひとりでカメラを構えていると、そんなことを考えたくもなる。

今回、このレースを取材するにあたって東京からMovi'n you. Hondaでは貴重な4名ものスタッフを動員した。私以外はもちろん男だが、それでも皆それぞれに、もう二度と体験しないような経験がたくさんあったと思う。
水中カメラでカヤックを待っている間に溺れかかったスタッフもいれば、深夜3時に真っ暗な線路の上を1km近く歩いたスタッフもいれば、途中おなかが痛くなってカメラを持つ手もままならなくなったスタッフもいた……。
本当になんていう仕事!?

ともかくも大内さんのチームは一度大きなミスコースをしてしまったものの、無事にゴールまでたどり着き、私たちスタッフも大会2日目の夜には札幌に戻ることができた。そしてホテルの近くで飲んだ札幌ビールのおいしかったこと、おいしかったこと……。これが大内さんや田中さんの言う『達成感』か?、と思いつつ、また東京に戻り、不健康な運動不足の日々が始まった。
(関口奈々ディレクター)
主な挿入曲
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曲名|アーティスト|レーベル・品番
■1■
THELMA & LOUISETHUNDERBIRDDECCA RECORDS 289 467 749-2
■2■
DREAMSTHE CRANBERRIESMOTHER RECORDS MUMCD9603
■3■
UNFORGIVENGO GO'SIMPERIAL RECORDS TECI-24062
■4■
DAISY CHAINGO GO'SIMPERIAL RECORDS TECI-24062
■5■
IF ONLYHANSONISLAND PHCW-1080
■6■
RUNAWAY RUNHANSONISLAND PHCW-1080
■7■
WISH THAT I WAS THERE HANSONISLAND PHCW-1080
■8■
SPRING山弦POLYDOR POCH-1718
■9■
DON'T LET ME DOWNBELLEFIREVIRGIN RECORDS VJCP-12142
■10■
CIRCLES ROUND THE MOONTOSHIBA-EMI LIMITED TOCP-65721
関連情報
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■アドベンチャーレースとクロスアドベンチャーについて

自然のコースの中を、オリエンテーリング、マウンテンバイク、乗馬、カヤック、キャニオニングなど、定められたさまざまな手段で移動していく。それがアドベンチャーレースだ。人力以外の動力は基本的に認められていない。肉体を駆使して、自然を走破していく新しいタイプのスポーツである。

番組で紹介しているSALOMON X-adventure(サロモン・クロスアドベンチャー)は98年から始まったアドベンチャーレースのシリーズだ。ワールドカップの称号も与えられている。今年はスウェーデン、スペイン、フランス/スイス、日本、アメリカ、ドイツと世界の6箇所を転戦している。

競技出場者は3名(交代選手1名)とドライバー1名だ。必ず女性をひとり含まなければならない。セクションごとに定められた種目をこなしながらステージの中に設置されたチェックポイントを通過し、ゴールまでのタイムを競うというのが基本ルールだ。
レースは昼夜を問わず行われ、休憩の判断はチームにまかされている。ただし、セクションごとに規定のタイムがあり、タイムオーバーとなったチームは次のセクションをスキップしてレースを続行する。また、自主的にセクションをキャンセルすることも可能だ。
日本大会は今年で3回目。7月20〜22日に北海道の積丹半島〜洞爺湖間で開催された。参加者は200kmにも渡るコースの中でオリエンテーリング、MTB、キャニオニング、カヤックなどをこなした。番組で放送しているのも、この日本大会の映像だ。

サロモン・クロスアドベンチャーの公式サイトは、Salomon X-Adventure。大会にまつわるニュースや日程、レースリポート、大会ごとのマップ、特集記事などを見ることができる。英語サイトだが、日本大会に関する部分には一部、日本語表記もある。
http://www.x-adventure.com/

日本のサロモンのウェブサイトSALOMON Japan Web Siteにも、サロモン・クロスアドベンチャーの紹介ページがある。
http://www.salomon.co.jp/

■レイドゴロワーズについて

番組中にも出てくる、アドベンチャーレースの最高峰が、レイドゴロワーズだ。89年からほぼ年1回開催されており、これまで、ニュージーランド、コスタリカ、ニューカレドニア、オマーン、マダガスカル、マレーシア、アルゼンチン、南アフリカ、エクアドル、ヒマラヤの未開の大自然を舞台に行われてきた。
チーム構成は選手5名(原則として1名は女性でなければならない)、サポート2名。数百キロから大会によっては千キロにも渡るほとんど道のないコースを、さまざまな手段を使い、体力、精神力、そしてチームワークで乗り越えていく。いわば、大自然との戦いである。その苛酷さ、スケールの大きさは、まさに「冒険」だ。

レイドゴロワーズの公式サイトが、RAID GAULOISES 2002。表記は仏語、英語、独語、伊語。レイドゴロワーズの概説やニュース、チーム情報、特集記事、2002年に開催されるベトナム大会の情報などを見ることができる。
http://www.raid-gauloises.com/

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