2003年5月17日。バレーボール世界最高峰のプロ・リーグ、イタリアのセリエAで、シズレー・トレビゾが優勝した。その歓喜の輪の中に飛び込んだ、ひとりの日本人選手がいた。シズレー・トレビゾ12番、加藤陽一である。 加藤はその瞬間のことを思い出して、こう語る。 「イタリアで優勝するということは世界一になるみたいなもの。やっぱり世界が注目するんですね。その高いレベルでやっているということは凄いことだなと思いました。今までバレーをずっとやってきましたけど、これほど充実した年はなかったですし。満足しましたね、試合が終わったときに」 セリエAのシーズンを終えた加藤は帰国し、今度はキャプテンとして全日本チームを引っ張っている。 イタリアで加藤は大きく変わったようだ。全日本代表の齋藤信治選手はこう語る。 「イタリアに行く前は、結構、自分のプレーだけっていう感じだったんですけれども、今はキャプテンでもありますし。チームのことを考えて、声を出して、引っ張っていくキャプテンシーというところが、変わったというか、精神的に強くなったんじゃないかなと思います」 全日本チームの田中幹保監督は言う。 「(イタリアで得たものの)一番は自信でしょう。自信が凄くついたと思いますよ。世界のトップリーグでやってきたという。そこで優勝してきたメンバーのひとりですから、そういう自信が、精神的な部分にも、技術的な部分にも、凄くあふれていますね」
加藤は空港に降り立ったその足で、まずセリエAに昇格したばかりのピアチェンツァに向かった。入団テストの前の話し合いの場で、加藤は相手側の厳しい目を痛感した。 「やっぱり日本の評価が低いんですよね、ヨーロッパでは。お前に何ができるんだ、と。それが凄く悔しくて。本当、実際見てみろよ、僕のプレーを見てみろよ、というのがありましたね」 続いて、セリエAの強豪チーム、トレビゾで入団テストを受けた。加藤は実際にプレーする中で、人々の自分を見る目が変わってくるのを感じた。 「一緒にやっている選手の態度が違ってくるんですよね、やっている間に。最初は何をやっていいか全然教えてくれないんです。でも、ゲーム形式みたいな形で練習して、僕が決めたり、いいレシーブしたりすると、びっくりするんですよね、みんなが。 それで最終的にはいい仲間となるところまで行ったんです。だから、これが本当にプロの世界なんだな、と。結果を残すやつが認められるんだな、と」 さらにフランスのチームも回った加藤は、最終的に、テストを受けた全てのチームからオファーを受けた。 「前までは見てやるよ、という感じだったんですけど、練習が終わったら、具体的にいつ来られるんだみたいな話にもなりましたし、いくらなんだという話も出ましたし。トライアウトを受けてよかったな、と。ビデオを流して、データだけ見て判断してもらうだけだったら、たぶん、(ヨーロッパのチームには)行けてないです。実際に足を運んで、僕の信念というか、思いをそういう人達に伝えられたのが、よかったですね」 彼は常勝軍団トレビゾの一員となることを選んだ。それは最も厳しい道を進むことをも意味した。 当初、アジアからやってきた男の評価は低く、ベンチを温めに来た助っ人と呼ばれた。しかし、彼は10月27日の開幕戦にスタメンで出場。予想外の大活躍で周囲に驚きを与えた。 「トレビゾというのは凄くバレーを見る目も高いんですよね。優勝しか認めない、優勝が当たり前というサポーターが多い。その中で開幕戦で活躍したことで、『アジア人を獲ってよかったんじゃないの』、『カトーを獲って正解だった』とみんなに言われて来だしたので、それがやっぱりうれしかった。市民に認められたというのがうれしかったですね」